最近、というかずいぶん前からなんだけど、自分はプライベートとパブリックを使い分けてないなぁなんて思った。当然、話すべきじゃないって内容があるからそこはそういうの関係なしに話さないけど、「まぁいいかな」とか思うと結構しゃべっちゃう。
知ってることとかあると、結構熱くなる。そしてその結果、授業中とか浮いてしまうんだけど。でもそれは別に不快感じゃないし、みんなが知らないだけかと思うとほんの僅かの優越感にも浸れる。今まで優越感とか感じないけどね。ただみんなが知らないってことに驚くことはよくある。
でも無知の時には真剣に悩むときもあれば、知らないからどうしようもないよなぁと思うときもある。ただ失敗するときはたいてい真剣に悩むときなんだよね(経験談)。経験に結びつくという点ではいいのかもしれないんだけどさ。
ちょっと思ったのは、パブリックのものをプライベートな目で見ないようにしたほうがいいなと思ったこと。例えば友達の書いているblogに対して、友達という目線でそのblogを見ないほうがいいなぁ、って。あくまでパブリック向けに出しているものをプライベートの目で見てしまうと違和感を覚える。なんか違うなって思う。
こんなことを書いたのは、実際にこうやって人が書いているパブリック向けの文章をプライベートな目線で読んでいる人間がいるって聞いたから。相手にしないことが一番だってことは百も承知なんだけど、オレは元来「余計なお世話」が好きな人間なので、敢えてこういうことを書く。相手も義務感でやってるのかもしれないんだけどね。はっきり言って放任主義でもいいんじゃないかなぁなんて思う。
初めての人はどうかちょっと分かりかねるけど、オレ自身を知っている人が、この文章を見てオレの心情を読み取ることは不可能に近いと思うんだよね。たいていの人は変われといわれたとき、意識して変わるものだから、そこのところを考えて行動する。そうすれば、既存のシステムは対応できなくなって、意味がなくなる。お相手さんは、その既存のシステムをアップデートしないままに人のパブリックを見ている。
冒頭で自分はプライベートとパブリックを使い分けてないと思ったと述べた。でも、要するにオレのボーダーが違うんだよね。どうしようもない。変わる人は変わるし、変わらない人は変わらない。変わるところは変わるし、変わらないところは変わらない。そういったことを踏まえて、そこから取れる最大限のものを吸収して消化しないと。単刀直入って手法はなかなか上手くいかないんだろうね。
2006年05月02日
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